ああ、僕は君の裸の手にこそ触れたいのだ、と思う。

 

柔らかな陽光の中に、君の手が見える。何をなすでもなく―――というのは語弊があるのだろうか。その手は、時に瓶に生ける花を弄い、西洋の優雅な茶杯の取手に絡まり、薄い焼き菓子を慎重に慎重につまんでいた。つまりは、僕の勝手な連続する回想の中で。

 

ミルク色というには温かすぎる。象牙色というには柔らかすぎる。バター色というにはすべらかだ。やはりこれは素直に肌色というべき肌色だろう。若しかしたら、僕達の国でしか通用しない色であるかもしれないが。

 

繊細な、こちらの掌で包み隠したくなるような幼さと、全てを包み込んでしまうような包容力がその手にはあった。触れられるその手の柔らかさよ、温かさよ。アレルヤ!それを感じるだけでこの僕がまるで洋人のように大げさに叫びたくなるのを君は知っているのだろうか。まあ、知っていたとしたら君は僕に触れることをひどく躊躇うようになるはずだが。

 

ああ、けれど、そんな君の手にも不満が一つ。

薄い爪の上に塗られた淡い花の色。薄い口紅よりもさらに淡い桜色。控えめなそれは確かに愛らしい。指輪の一つもない君の手のささやかな飾り。

けれどそれは僕にはいただけないものだ。そう、非常にいただけないのだ。

その濡れた光沢がいただけない。その硬質さがいただけない。微かに冷やりとする、鎧のようなそれがいただけない。

 
 

身勝手を承知で主張させてもらおう。

僕が触れる君に、例え爪の一片たりとも僕と君を阻むものなどあってはならないのだ。

 
 

月の光の中君の手は見えない。

ただ、握った掌の中に柔らかい手を視る。果たして君は爪の先まで柔らかく温かかった。

こちらの方が好きだと裸の爪に唇を落とせば、口付けに唇の紅まで落とした君は微笑(わら)った。

誰のための花の色だったのか、と笑った。




089:マニキュア

 

 

 

 

なんだか明治大正とか鹿鳴館とかっぽい。
手フェチな人。書いた私が変態だなんて誰が言った。